岡村ちゃんの小指

おはようございます。丸野です。またまたの登場とあいなりました。今は何を書こうか小20秒迷った結果、時代の寵児であり天の才々でもあるシンガーソングライターダンサーである我らがそう、岡村ちゃんあらため岡村靖幸氏についての想いの丈を時間が許す限りファンキーに書き綴っていこうと思う次第でござりまする。私が岡村靖幸氏(以下岡村ちゃん)を認識したのは中学生のときである。私の姉が購入していたパチパチ、GBという、渡辺美里、ユニコーン、バクチク、たま、バービーボーイズ、松岡英明、リンドバーグ、クスクス、ソフトバレエ、ジュンスカイウォーカーズ、ソフトバレエ 等々、ポップ〜エレクトロ〜ビジュアル系〜ロックなど様々なジャンルのアーティストをアイドル的にクローズアップした雑誌をたまに読んだときになかなかの頻度で岡村ちゃんが登場していたのを見たのがはじまりである。当時の私はエックスジャパンをはじめとしたビジュアル系に傾倒していた時期である。今思えば当たり前のことではあるがビジュアル系とは程遠い(ある意味ビジュアル系だが)柔肌になにも塗っていないただ1人のちょっとナルシスト系な気持ちの悪い若人→それが当時の私の岡村ちゃんの認識である。あぁ、普通に君と一緒にケーキが食べたい、ディズニーランドに行って手を繋ぎたい、お料理食べたいベイベーみたいな歌を歌っているんだろうなぁ…カッコワル!という偏見に満ちすぎたお馬鹿な認識であったのを覚えている。岡村ちゃんのすごさをわかってしまった今となってはもう〜私のバカバカ!と自戒する日々である。そして岡村ちゃんが産み出す音楽を知らずにただ見てくれだけで判断していた稚拙な認識を覆してくれたのが私がサポートベーシストとして所属しているバンドのリーダーでもある我らが細江氏である。たまたま細江氏が私に岡村ちゃんのベストCDをくれたのがそもそものきっかけである。この頃の私はどんなジャンルの音楽であろうがビジュアルであろうが偏見がなかったときである。それがよかったのかどうかはわからないがその岡村ちゃんのベストCDの1曲目を聞いたときに思わず面食らってベランダに立って胸を張ってしまった。そして思わず呟いたのを覚えている「なんじゃこりゃ〜まじでありえないがや〜歌詞も音もおかしすぎる、でやおかしすぎるがや」と。とにかく衝撃的だった。普遍性を持ったポップではあるけれどなにかがおかしい…明確な道を走ってるのにどこか違った道程を歩んでいるような…直線ではあるんだろうけどいびつに曲がっているような、立体的な空間にいっちゃうような、そんなえもいわれぬ感覚を今でも覚えている。なんせ歌詞が「今晩ビビっとナンパをしようぜダンスダンスダンス」である。なんじゃそりゃ?そしてさらに私の脳髄、延髄、12指腸を刺激したのが「なんで僕らが産まれたのか絶対きっと女の子なら知っている」や「なんで僕らが泣き出すのか絶対きっと女の子なら知っている」等々の歌詞。これには猪木の延髄蹴り!をかっ喰らった気分になった。「でら、やばい歌詞だがや!」と…人間は皆女性から産まれているという事実から紐解いてみると明確な答えはでないが妙に納得できる、そんな説得力がこの岡村ちゃんの歌詞にはある。何で泣くのか、なんで産まれたのか、なんで怒るのか、戸惑うのか、笑うのか、怒るのか、走るのか。答えはないんだろうけど女の子はきっとなにか知っているのだ。すごすぎる!こんなに誰もが知っているようで知らなかった大きなことをさらりと警戒なメロディにのせて言い切ってしまうだなんて岡村ちゃんってば素敵!と、その曲を聴いた瞬間思い、なんでこんな国宝級の才能者にもっと早く食指を伸ばさなかったのかとひどく後悔したものである。もうその日からはひたすら岡村ちゃんワールドという名の宇宙規模のうねりに身を任せのめりこんでしまった私である。
ネットやらなんやら情報社会を活用してひたすら岡村ちゃんに関する情報を集めてみる。知れば知るほどなんじゃこの人は!といういい意味の驚きに完膚なきまでに打ちのめされた私がそこにいた。最初はCDで岡村ちゃんのすごさを知ったわけだがネット動画で、動く岡村ちゃんを見た時もまたすごかったのなんのって…聴覚と視覚を刺激されすぎて眩暈がしたほどだ。これはもう相当インパクトがあった。文字だけでこの衝撃を伝えきれないもどかしさ。ウーン…岡村ちゃん。私なりにどんな点に眩暈を覚えたのか視覚と聴覚の両面において順序立てて説明していこう。
その一 過剰すぎるダンス→とにかく見て!としかいいようがないが、普通に考えてありえないくらいよく踊るのである。まるで子供が駄々をこねて強烈に泣き叫びもがくがごとく。なにが岡村ちゃんをそうさせるのか、どういった衝動に駆られているのか。岡村ちゃんの頭の中にある宇宙を覗いてみたいものである。とにかくなんか変…いや、もちろんいい意味で。
その二 女の子への執着と青春と感覚に訴える歌詞→女の子 と言えば岡村ちゃんの真骨頂とでも言おうか、女の子に近づきたい、もてたい、触れたい まるで 見たい 聞きたい 歌いたい という某夜も○ッパレ一生懸命というテレビ番組を連想させるがごとく繰り返される女の子に向けた純真無垢な言葉の数々。歌詞であんなやつより僕の方がバスケット部だし、背が179センチあるしとか俺なんか頑張れば女なんかジャンジャンもてまくりだとか、まるで中学生が思うような歌詞の数々。正直かっこ悪いと思うがでにそれはリアルな男の欲求である。それを隠すことなくぶつけてくる岡村ちゃんに非常に人間味を感じる私である。かと思えば青春って1、2、3ジャンプ だとか、ベランダたって胸をはれだとか、なんかこれまた脳髄に響く言葉をぶつけてくるし…かっこいいのかかっこ悪いのか…とにかくなんか変…いや、もちろんいい意味で。
その三 狙ってるのか素なのかわからない立ち振る舞い→ある動画を見てびっくりして思わず「なんでやねん」と明確に発音してしまった。真面目な顔をして歌いだしから小指を立てて歌を歌っているのである。あまりに真顔でそれをやっているので素なのか狙ってるのかさっぱりわからなくなった。これが岡村ちゃんなのか…岡村ちゃんなりのスペシャルな表現方法なのだろう。あとはおもちゃのラッパを吹いたり曲中でこちらが思わず赤面しそうな浮いたセリフを言ったりだとか…すんごい真顔で。思うにそれは思春期において気になる女の子の気を引こうとしてした行動原理に近いものがある。だからと言って小指を立てたりラッパを吹いたところでなんじゃこいつと思われて普通ならジ・エンドである。いや、でもあの小指の立て方は角度といい関節の伸び具合といい芸術的である。小指の美しい立て方ランキングの1位にまず間違いなく入るだろう。女性への飽くなき純粋な欲求があの小指に集約されている。機会があれば是非あの小指を皆に見て欲しいと思う。ただやっぱり最後に思った…とにかくなんか変…いや、もちろんいい意味で。
その四 独特のオーラに満ち包まれている→才人というのはその佇まいや目、すべてにおいて独特の雰囲気に包まれているものだと私は思う。見た瞬間、近づいた瞬間に冷やっとした風が流れるような…そんな感じ。北野武氏や寺山修司氏、岡村ちゃんに私はそれを感じるし、濃い青みがかったオーラを感じる。そしてその目。ちょっと伏目勝ちで哀愁を帯び、まるで世の中のすべてを悟ってしまったような目つきに私はとても惹かれる。ただ岡村ちゃんの場合はオーラも風も目つきもなんか変…恋愛に純粋なあまり時が経つにつれ変化をとげる世のレディたちに戸惑いと幻滅と焦りを感じているのだろうか…才人の思考は時速5千キロ。早すぎてとてもじゃないが追いつかない。ビバ岡村ちゃん。 
いろいろ書き綴ってはみたが岡村ちゃんほどその魅力を伝えるのに難しいアーティストはなかなかいない。通常の感覚とは違って脳髄をガンガン突いてくる表現力に相応しい言葉が今の私にはなかなかどうしてみつからない。だが強引にではあるがその魅力を総合して書き綴っていきたいと思う次第でありんす。
上記の通りその一〜四をあらためて見て思ったが岡村ちゃんはいい意味でとにかく変なのである。そして知れば知るほど岡村ちゃんのことがよくわからなくなり輪郭がぼやける。が…それが私にはたまらない。変=シュールという認識が私にはある。私はシュールなものが大好きである。ふとありふれた日常風景の中にありえないものが紛れ込んでいたり、日常の中に埋没しているおかしなものが気になって気になってしょうがない。人はそういったものに対峙したときに不安感や違和感を覚える。私はその感覚に高揚感を覚える。岡村ちゃんの表現に私はシュールさを感じ、高揚感を覚え、たまらない気分に陥るのである。そして岡村ちゃんの発する女性に対しての不器用で稚拙だけど純粋すぎる想いの数々。それは痛々しいほどかっこ悪く映ったり弱々しく映ったりするのだがかっこ悪いということはかっこいいと私は思う。変にすかしてかっこつけてるよりもよっぽど人間身があるし、人としての深みがあるし、何より沖縄の海のごとく心が澄み渡っている気がする。そしてそのかっこ悪さに私は思春期を夢想する。未成熟な思考の中でどうしようもなくもがき苦しんだ、ださくてかっこ悪かったあの頃を想う。岡村ちゃん!だけどあの頃の自分はとてもかっこよかったんだと想えるようになったぜ、ありがとう。あの頃の私は純粋でまっすぐだったんだ!
すいません、ついついエキサイティングー、してしまいましたグーグー!
岡村ちゃんとは初恋であり青春でありシュールである。彼のCDを聞くたび動画をみるたび高揚感を覚え、懐かしき若かりし頃の心象風景が蘇り思わず天を見上げてしまう。罪な岡村ちゃんである。
と思っていたらつい最近岡村ちゃんが某クスリを使用したとのことで世の中から消えてしまった。しかも初めてではないらしい。岡村ちゃんの作品や表現に心酔する私だがこの行為は褒められたものではない。悪いものは悪いからだ。だけどもしてはいけないことをまたもしてしまったという岡村ちゃんの剥き出しの弱さにあらためて人間味を感じてしまう私である。あぁ、今閉ざされた空間の中で岡村ちゃんの小指はあのときの角度を維持しているのだろうか?とおせっかいながらも思ってしまう私である、岡村ちゃんの「どうなっちゃってんだよ」という曲を聴きながら。



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